教祖は真理を語らない
Fri, 16 Feb 2024 20:45:10 JST (70d)
1.真理を語らない教祖
- 無間地獄に堕ちそうなテーマだが、教祖の言葉(経典)を絶対視するのは必ずしも正しいとは限らない。
- 過度に絶対視することを原理主義として戒めている
- 教祖が真理を語らない背景には二種類ある。
- 教祖が悟っていないので、真理を語れない
- 悟っていても、真理を語るとは限らない
- 前者は論外だとして、後者について考えてみる
2.対機説法
- 教祖は、聴き手に応じた説教をするので、その説教の内容が、誰にも当てはまるとは限らない。
- 誰にも当てはまるような教えは抽象的になり、具体的な教えは人によって変わって来る
- その聴き手に適切な教えでも、それ以外の人にとっては時によっては、真逆な教えの場合もある
- 「嘘も方便」という言葉があるが、教祖は真理を伝えることより、聞き手を救うことを優先する。
- 教祖が軽い日常会話のつもりで話したことを、弟子が重大な教えと捉えて、それをまことしやかに他の弟子に一般化して伝えることもある。
3.時代性や地域文化
- 教祖は、その時代・その地域に応じた説教を行う。
- その時代では理解できないような説教をしても意味がない
- その地域に関係のない話をしても、弟子は混乱するだけ
- 重要なことでも、その時代や地域では当たり前のことであれば、教祖はあえて言わない
- 教祖が、後の時代や他の地域を考慮して説教をしても、弟子がそれを理解できず、誤解して他地域に伝えたり、後の時代に対し経典に間違えて記載して遺すこともある
4.現世の限界
- 現世からのしがらみ
- 教祖といえども、今世の教育や社会的背景などから、その時代・地域の常識から完全に抜けきることは難しいので、教えがその時代・地域に引っ張られてしまう傾向がある
- 今世の課題
- 教祖の指導霊(神)などが認識していたとしても、神の計画上の都合や教祖本人自身の課題解決などの背景から、本来全智全能であるはずの本人には、あえて知らされない事情がある場合が例外的に存在する
5.翻訳上のずれ
経典にはそれなりに正確に記載されていたとしても、他地域言語に翻訳したり、時代の変遷により現代語に翻訳するときに、完全な翻訳はされない。
- 言葉のニュアンスが、地域・時代によって変わって来る
- 翻訳者が直弟子ではないので、正確に翻訳できない
6.何が真実か
真の教祖の教えは本来正しいはずとはいえ、信者は単純に表面的な教えをただ守るのではなく、その言葉の奥にある真理を知る努力をしなければならない。
- 聖職者は、時代性・地域性や人それぞれによって異なるものと、その奥にある変わらない真実とを素直に見極めて、信者に伝える必要がある
(2024.2.5)